はじめまして。


BL小説を書いております、やぴと申します。
こちらは男同士の恋愛小説となっております。
ストーリーの関係上、性描写があります。
ご理解いただける方のみ、自己責任において閲覧ください。
実際は小説と呼べるほどのものでもなく、趣味で書いていますので、稚拙な文章ではありますが楽しく読んで頂けると幸いです。

コメントなど気軽に頂けると嬉しいです。
誹謗中傷などの心無いコメントは当方で削除させていただきます。ご了承下さい。

迷子のヒナ 231 [迷子のヒナ]

アンディ・スタンレー弁護士は本名ウイリアム・アンドリュー・グリフィスという。

訳あって、十年ほど前、アルフレッド・スタンレー夫妻の養子となった。

”訳あって”の部分を話すととても長くなるのだが、十歳の頃双子の妹に殺されかけたことから、アンディの運命はまったく予期せぬものとなった、とだけ言っておこう。

アンディにとって、今回の依頼は初めての大きな仕事だった。もっともこれまで依頼されたことといえば、村のお年寄りの遺言状の作成程度で、もっぱらスタンレー家の財産管理が主たる仕事内容だった。

だから、自信はなかった。

死んだ人間を生き返らせるなんて大仕事……無理だ、そう思った。けれど、これほどアンディが受けるにふさわしい依頼はなかった。

似たような境遇のヒナに自分を重ねあわせ、アンディは目の前の無邪気な少年の為に幸せを勝ち取ろうと決意していた。

幸せとはつまり……幸せとは――ああ、いったい幸せとはなんなのだろうか?

この子の幸せは、おそらく、おそらくだけど、隣に座っているバーンズさんと一緒にいる事だ。

「アンディとエディは似てないね」ヒナはまっすぐにアンディを見て言った。

アンディはにっこりと笑って、「エディとはいとこ同士って事になるんだけど、血のつながりはないんだ。ぼくは養子なんだよ」と言った。別に隠してもいない、誰でも知っている事実だ。

「え、そうなの?」
ヒナは驚いたようにそう言ったが、あまり意味は分かっていなさそうだった。

「ヒナ、余計な詮索はしない」隣でバーンズさんがやんわりとたしなめた。その姿は、好奇心を隠しきれない子供に手を焼く父親、といった感じだ。

「はぁぃ」と囁くように返事をすると、ヒナはすっかり冷めてしまった紅茶をずずっと音を立てて啜った。

「話を元に戻しますね」アンディはおずおずと宣言し、いったいどこまで話は進んでいただろうかと頭を巡らせた。ほとんど話が進んでいない事実に気付いたが、気を取り直して口を開いた。「ぼくたちは明日の午後、ラドフォード伯爵と面会する予定になっています。その前にクロフトさんとお話がしたかったのですが、どこにいるのか居場所が全くつかめなくて――」

「パーシヴァルならうちにいる。ああ、正確にはうちのクラブに入り浸っている」

「え、そうなんですか?いないって言われて……」アンディは眉間に皺を寄せ、頭を傾げた。

「ああ、面会謝絶だからな」

面会謝絶?病気か何かなのかな?

「会えますか?」一応尋ねる。

「いつでもどうぞ。支配人には話をつけておく」そう言って、軽く手をあげ給仕を呼んだ。

「アンディダメだ」突如エドワードが強い口調で割り込んだ。「場所を変えなさい」

なぜ?ぼくだって紳士の社交の場を覗いてみたいのに!

「そうしたほうがいいだろうな」軽い口調で流され、アンディは目を剥いた。そこへ給仕がやって来て、新たな注文を聞いてから流れるような動作でまた衝立の向こうへと消えた。

「だったら、ヒナのうちに来る?」デザートの追加注文で上機嫌のヒナは、おとなたちのやり口が少々気に入らないようで、同情を持ってアンディを招待してくれた。

「行くっ!」とつい子供じみた口調で返事をする。エディの前ではアンディはいつだって出会った頃の十五歳のままなのだ。

頭ごなしにダメだと言われる側が結束した傍らで、「ヒナのうちではなく、俺のうちだ」とジャスティンが憮然と訂正した。

つづく


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迷子のヒナ 232 [迷子のヒナ]

「パーシヴァルの方は捕まえておきますのでご心配なく」

そう言い残しホテルを後にしたジャスティンは、ヒナを連れて買い物へと繰り出した。

馴染みの仕立屋へ立ち寄り、そこではヒナのクラヴァットと揃いのリボンを注文した。数軒隣りのアクセサリーショップでヒナの言う髪飾りを探したが、思うようなのは見つからなかった。

「さっきのでもよかったのに」とヒナがぶつくさこぼすなか、ジャスティンはそこから数ブロック先の店へと向かった。

「あれはヒナには似合わない。もっと髪の色に近い自然な感じのものがいい。ごてごてと飾り付けられたものではなく、繊細な細工がしてある――そう、ちょうどこんな感じのだ」
目当ての店のショーウインドウに、まさにヒナの言う――ジャスティンがヒナに買ってやりたい――髪飾りがあった。

小振りな半月型の蜜色の櫛は、ヒナの母親が身に着けていたものとは少し違ったが、ヒナにこれほど似合うものは存在しないという一品だった。

前髪を留めていたリボンを解いて、そこに櫛を挿す。くるくると絡まる巻き毛がおとなしく貼り付けられた。

これでヒナの目は安泰だ。二度と自分の髪に攻撃されることはない。

「あと何か欲しいものは?」店の外に出て、ヒナの風変わりな髪形を眺めながらジャスティンは尋ねた。

「……うちに帰りたい」ヒナはジャスティンの手を取って、ぴたっと寄り添った。気だるげな甘い香りが立ちのぼる。眠気を誘うような、すぐにでも騒々しい通りから静かな我が家へと戻りたいと思わせるような、かわいらしいあくびをして、ヒナは目をしょぼしょぼとしばたたかせた。

そろそろ昼寝の時間らしい。これだけは譲れない日課なのだろう。

見計らったように、二人の目の前に馬車が止まった。御者台のウェインは、どうです?いいタイミングでしょう?と得意げな顔だ。

「そうだな、帰ろう」ジャスティンは言い、ヒナを半ば抱き上げるようにして馬車へ乗り込んだ。もちろん屋敷へ戻るまで膝の上からおろす事はなかった。

つづく


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迷子のヒナ 233 [迷子のヒナ]

パーシヴァルは暗くて狭い場所が嫌いだった。黴臭さも混じればなおのこと。

不機嫌そうに言うべきか、それともうきうきと声を弾ませるべきか、迷っているうちにちょっと拗ねたような甘ったるい声が出ていた。

「ジェームズ、いったい僕をどこへ連れて行くつもりだ?」

「あなたをバーンズ邸に招待すると言っているんですよ」

ジェームズのひどく素っ気ない――お前なんかと口をきくのも汚らわしいと言わんばかりの――口調に、パーシヴァルは狼狽え落ち込んだ。

「嘘を吐くな」と消え入りそうな声で返す。

招待というのは往々にして好意的な意味合いを持っている。ジェームズの冷淡かつ事務的な口調は歓迎とは無縁だった。

一昨日の晩、ジャスティンが戻ってきた晩、ブライスに捕まりそうになった晩、夜遅くジェームズは僕の部屋へ来た。

てっきり追い出されるのだと思い、部屋の隅に隠れ「近寄るな!無礼だぞ!」などと怒声を浴びせ、何をするか分からないジェームズを自分から遠ざけようとした。ひどく怒らせてしまったあとだ。怯えて当然だった。

けれどジェームズは無礼にも近づいてきたし、追い出そうともしなかった。
無言でカーテンの陰から引っ張り出し、蒼ざめた顔で僕をじっと見つめ、馬鹿にしたように鼻で笑った。

けど腹は立たなかった。

だってジェームズが今にも泣き出しそうに見えたから。

それからジェームズは僕にキスをした。痛々しいほど感情のない、それでいて荒っぽいキスだった。相手が誰であろうとかまわない、傷ついてもかまわない、まったく身勝手なキスだった!思い出すと腹が立つが、その時はただ、ジェームズが哀れで仕方がなかった。

無慈悲なキスにもかかわらず、僕の身体はジェームズを迎えるための準備を整え始めていた。いまにも崩壊しそうな自制心とは戦う気は一切なく、もろ手を上げてジェームズに身を委ねた。

もうあと一歩というところで自制心との勝利を収めたジェームズが、ありえない事に、僕を突き飛ばし、後退り、それから憎たらしい目で睨みつけてから、部屋を出て行った。

放置されること一日半、突如現れたジェームズは、有無を言わせぬ態度で僕を部屋から連れ出した。
キスをする以前のよそよそしさを身にまとい、手を伸ばしても届かない一定の距離を保ち、いま目の前を歩いている。

薄暗い地下通路はクラブと居住区を繋いでいるようだ。この秘密の通路を教えてくれるという事は、そう悪い状況ではないのかもしれない。

狭くて急な階段を上がると、そこはもうバーンズ邸だった。

パーシヴァルは新鮮な空気を求めて、深呼吸をした。ジェームズの匂いも吸ってやろうと近づいた途端、それを察知したように非情な男はサッと身をかわした。振り向いて、凍てついた青い瞳で威嚇する。

「弁護士が会いたいそうです」ジェームズが言った。

弁護士?いったい――

「ランフォード公爵もご一緒だという事です。それまでクロフト卿――あなたをここへ留めておかなければなりません」

パーシヴァルはよろめいた。弁護士と公爵に会わなければならない理由はないし、理由があるとすれば、自分にとって良くない事だとしか思えなかった。

それよりもなによりも、ジェームズがクロフト卿と呼んだことに胸が張り裂けそうになった。

きっともう二度とパーシヴァルとは呼んでくれないのだろう。もちろんキスだってしてくれないだろう。

つづく


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迷子のヒナ 234 [迷子のヒナ]

まともに目も合わせられないとは、あの行為がどれだけ愚かだったのか嫌という程認識しているらしい。

ジェームズはパーシヴァルにキスをした。自らの意思で、自らの足でパーシヴァルの元へ赴き、彼が抵抗しないのをいいことに自分の怒りをぶつけた。なぜそうすることで気が晴れると思ったのかは分からない。もしかするとパーシヴァルをいたぶることで、ヒナへの敵意を打ち消そうとしたのかもしれない。

パーシヴァルはいつまでたっても抵抗しなかった。思いやりのない、相手を傷つけるだけの粗雑なキスだったにもかかわらず。もし抵抗されていれば、誰をも魅了するその顔を張り倒して、ベッドへと投げ出し、組み敷いていただろう。

だがパーシヴァルは抵抗しなかったのだ。憐れむような目を向けて、何もかもお見通しだというように身を預けてきた。

憐れまれるなど冗談じゃない!ジェームズはやっとのことで唇を引き剥がし、そんな目で僕を見るのはやめろと睨みつけ、よろよろと足を出口へと向けた。

もう二度とパーシヴァルに近づいてはいけない。そう誓って、自分の部屋へ戻った。ジャスティンともヒナとも遠く離れた自分の部屋へ。

それから一日半――たった一日半で、パーシヴァルと顔を突き合わすことになろうとは、ヒナを恨まずにいられようか。

「僕の記憶では、彼とは関係を持った事はなかったはずだけど?」

ジェームズの物思いはパーシヴァルの魅惑的な声に打ち消された。ねっとりと誘うような声音。皮肉なことにパーシヴァルはいつも通りだった。

それが余計にジェームズを惨めにした。

「彼……?」ああ、ランフォードのことか。と、ぼんやりと思う。「それは知りませんでした」

ぎこちなく応接間のドアを閉め、パーシヴァルが逃げ出さないように出口をふさいだ。

「冗談さっ!なんだよ、さも僕が誰とでも寝るみたいな言い方をして。僕は彼に会ったこともないのに」ぶつくさこぼすパーシヴァル。逃げる気はさらさらないようで、くずおれるようにしてコーヒー色の革張りの椅子に腰を落とした。

ジェームズは思わず鼻を鳴らした。誰とでも寝るのがパーシヴァルの得意とするところだろう?と喉元まで出かかった言葉を呑み込み、別のドアから入って来たホームズにこの役目を引き受けてはくれないかと目で訴えた。

賢明な事にホームズは視線をまったく合わせず、昼食がまだだと言うパーシヴァルの為にスープにサラダ、コールドミートにパン、紅茶を提供し、入って来たドアから出ていった。

忌々しい執事だ。この僕を無視し、パーシヴァルに逃げ出せるドアは他にもあるとばらした。

でも、パーシヴァルは逃げない。

逃げたいのはジェームズの方だった。

つづく


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迷子のヒナ 235 [迷子のヒナ]

「ところで、僕はいつまで待てばいいのかな?」

パーシヴァルは食後のコーヒーを味わいながら、いつまでも戸口から動こうとしないジェームズに向かってのんびりと尋ねた。

優雅にコーヒーを啜っている場合ではないことは頭では理解していても、ここはまさに天国だった。天国とはつまり、ジェームズが傍にずっといることを指すのだが、言わずもがな、ここのシェフの腕は最高だった。いまだに使用人のひとりも雇えていない身のパーシヴァルとしては、喉から手が出るほど腕利きのシェフが欲しかった。

ここに住もうか?とちらりと思う。

そうすればいつかジェームズも心を溶かし、キス以上の何かをくれるかもしれない。

くだらない事を思って、そっと溜息を吐く。あまりに望みの薄い事を考えるのも、考えものだ。

あの感情的なキスさえ恋しかった。行き場のない感情のはけ口として自分が選ばれた事すら嬉しくて仕方がない。もちろん腹も立つし、もっと優しくして欲しいけれど、ジェームズの心が傷つき弱った時にその支えとなれたのだ。

ジェームズが傷ついた原因は聞かなくても分かる。勝ち目のない戦いに敗れたのだ。ジャスティンはあの小さなやんちゃ坊主を選んだ。恐ろしく無邪気な僕の甥っ子。

「それにいったい僕が何をしたっていうんだ?いくら君の頼みでも、待てる限界というものがあるんだぞ」いくらだって待てるとも。ジェームズをずっと眺めていられるなら。

ジェームズは小馬鹿にするように鼻を鳴らした。こういう態度に出るのは良い兆候だとパーシヴァルは思う事にした。無関心を装われるのだけは耐え難かった。

「ことを荒立てたのはあなたですよ。ジャスティンのお兄さんに告げ口したりするから」ジェームズは言って、またむっつりと黙り込んだ。

ジャスティンの兄と、弁護士と――いや、公爵と何の関係が?彼らは友人だっただろうか?そんなはずはない。公爵は友人はおろか、妻も家族もいない孤独の身だ。愛人を傍に置いているとの噂はあるが、始終田舎に引きこもっているため真偽のほどは確かではない。

「弁護士を連れてくるという事は、公爵は僕になにか腹を立てているのだろうね。グレゴリーに告げ口したのとどんな関係があるのかは分からないが、きっと何か誤解があるに違いない。そうだろう?ジェームズ」

「公爵が弁護士を連れてくるのではなく、弁護士に公爵がついて来るんです。念の為に言っておきますが、用件はヒナに関する事ですよ。もしかするとヒナにしようとした事で訴えられるのかもしれませんね」ジェームズは嗜虐的な笑みを口の端に浮かべた。

なんて意地の悪い男だ!

パーシヴァルはコーヒーカップを押しやり椅子に深く身を沈めると、あくびをして、やはりまだ戸口に佇むジェームズを見て思わず微笑んだ。

けどそこがまた好きなのだ。

つづく


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迷子のヒナ 236 [迷子のヒナ]

いったいいつになったら弁護士は来るんだ?

ジェームズは苛々と炉棚の上の金の置時計に目を向けた。

午後二時。知らせを受けてから二時間ほど経っている。

パーシヴァルは窓辺に移動し、長椅子に寝そべってうとうとしかけている。とろんとした目つきで時折こちらに視線を向ける。弁護士の到着を気にしているのか、それとも僕を誘っているのか。

きっとどちらでもないだろう。

そう思いたかった。

「少し外します」ジェームズは断りを入れ、念のため警告を含めた視線をパーシヴァルに投げかけた。

「すぐに戻ってくるんだろうね?」パーシヴァルが不安そうに尋ねる。ゆっくりと身体を起こすと、ジェームズと同じように炉棚の時計に目を向けた。「君がいないと退屈で死にそうだ」

まるでこの二時間は退屈していなかった言い方だ。確かに二時間のうち一時間は優雅に昼食を楽しんでいたし、残りの時間もひとの身体をじろじろ見て楽しそうにしていたのだから、退屈はしなかっただろう。

パーシヴァルのあからさま過ぎる視線に慣れてしまった自分が恐ろしかった。以前は嫌悪感が先に立って、パーシヴァルの目の届かない場所に逃げようと躍起になったが、いまは欲望の端に見え隠れする恋心のようなものに、居心地のよさすら感じ始めていた。

人に好かれたという事実は、ジェームズのこれまでの記憶のどの部分を漁っても出てこなかった。嫌われてはなくても、好かれてはいない。もっと言うなら、愛された事がなかった。

もしもパーシヴァルが本気で愛の一部でもくれる気なら、ジェームズはもはや拒絶することをやめてしまうだろう。とくに失恋したいまは。

「ええ、すぐに戻ります。あなたが逃げ出すと困るので。何か飲み物をお持ちしますか?」ジェームズはドアを開け、振り向きざまに尋ねた。

「いや、いまはいい。僕に会いたいと言う訪問者が来てから、とびきり美味しいお茶を頂くことにするよ」パーシヴァルは笑って、それからまた寝転んだ。

ジェームズが応接間を出ると、ちょうど帰宅したヒナと鉢合わせた。ヒナがいるという事は、もちろんジャスティンもいる。ジャスティンとは丸一日会っていなかった。いや、正確には旅の報告を受けて以来だから、一日半だ。

「あ、ジャム。ただいまー」ヒナはすこぶるごきげんだ。

「おかえりヒナ」なにか頭にささっているが、しかも奇妙な髪形になっているが、ジェームズはいつも通りの態度を崩さなかった。「ジャスティンは?」

「ジュスは――」とヒナが振り向いたその向こうにジャスティンはいた。両手に荷物を抱え、ヒナにまばゆいばかりの笑顔を向けている。まるでジェームズなど見えていないかのように。

ジェームズは心臓をえぐり取られたかのような痛みを覚えた。いや、痛みを感じるかと思ったが、実際はそれほどのショックは受けなかった。ジャスティンはもともと手の届かない存在で、相手が未知の存在のヒナだ。勝とうとも思わないし、勝てるはずもない。ずっと前からわかっていたが、ジャスティンの笑顔でふっ切れた。

いや、まだふっ切れてはいないが、痛みは急速に和らぎつつあるようだ。

それがパーシヴァルのおかげだと気付くのは、そう遠くない話なのか、そうではないのか、まだ誰にもわからない。

つづく


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迷子のヒナ 237 [迷子のヒナ]

応接間へ行っていなさいというジェームズの言い付けに従い、ヒナは一番大きくて豪華な部屋へ向かった。そこは特別なお客様が来た時用の部屋で、用のないヒナは時々近道で横切るだけだ。

「おやヒナ、久しぶりだね。頭に刺さっているそれはなんだい?」

長椅子の背からひょっこり顔を出したのは、くしゃくしゃ頭の綺麗な緑色の目をした、ヒナのおじさんだ。

「パーシー寝てたの?」ヒナはパーシヴァルの言葉などすっぱり無視して尋ねた。部屋の片隅に立て掛けてある、大きな鏡の前で足を止め、鏡の中の自分に向かってはにかんでみせた。ジャスティンに買ってもらった髪飾りをちょいちょいと指先でつつく。そしてにんまりと笑った。

ヒナからのまともな返事を期待していなかったパーシヴァルは「暇だったからね」と言って、ひょいと肩を竦めた。

「ヒナは忙しかった。あ、おやつ食べるけど、パーシーもいる?」自分に見惚れるのをやめたヒナは部屋を横切り、おやつを広げるに相応しいテーブルの前に着いた。

「うーん、そうだね。まだ弁護士も来ないみたいだし」パーシヴァルも移動して、ヒナの向かいに腰をおろす。

「アンディのこと?」ヒナは絨毯につかない足先をプラプラと揺らし、パーシヴァルの髪がいつになく乱れているのはなぜだろうかと考えた。

「弁護士はアンディっていうのか?だからランフォードが一緒だったのか。ジェームズは何も教えてくれないからな」パーシヴァルは驚き、溜息を吐き、項垂れた。

「そうだよ。それでね一緒にいたおじさんはエディっていうの」

「そのおじさんが公爵だってヒナは知らないんだよな、きっと……。で、弁護士とはどんな話をしたの?僕の事怒っていたかい?」こわごわと尋ねるパーシヴァル。

「パーシーのこと?アンディがどこにもいないって言ってた。それからジュスが、捕まえておくからって。パーシー捕まったの?」心配そうに顔を曇らせるヒナ。

「そうさ。ジェームズに、まんまとね」力なく微笑むパーシヴァル。あまりに切ない笑みにヒナの胸がきゅっとなった。

「パーシーはジャムが好きなの?」そう尋ねた時、間の悪い事にジェームズが部屋へ入って来た。ヒナは目を見開き全身を強張らせた。余計な事を言ってしまったと気付くのにさほど時間はかからなかった。瞬時といってもいい。

そして同じように強張るパーシヴァルは、ゆっくりと目を閉じ、それからしばらくの間、目を開けなかった。

つづく


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迷子のヒナ 238 [迷子のヒナ]

都合がつかず、結局弁護士と公爵がバーンズ邸を訪れ、パーシヴァルと面会する事はなかった。

そのかわりにパーシヴァルは、弁護士に同行してヒナの祖父に会いに行くことになった。ヒナを見つけた時、そっとしておけばよかったのだと、いまさら後悔しても遅い。地獄への旅となることをパーシヴァルは覚悟した。

ヒナとジャスティンは、その結果を我が家でのんびりと待つのみだ。どういう方向へ話が進むのかはわからないが、ジャスティンはヒナをとめ置くためなら何でもするつもりだった。たとえスキャンダルの嵐にみまわれるような事態になったとしても。
なりふりかまってはいられないのだ。

そしてジェームズは、ヒナまでもが気付いたパーシヴァルの自分への気持ちを、どのように処理するべきかしばらく頭を悩ますことになる。


翌日にはいつも通りの日常が戻った。

昼食をすませたヒナがちょっぴりうたた寝をしている間に、教え子に早く会いたくてたまらないアダムスが、約束の時間の三〇分もまえだが、屋敷へ到着していた。

あの子のいない日常がこんなにもつまらないとは。

アダムスは執事に図書室へ案内されながら、ここへ足を運べなかった十日間がどれほど辛かったかを思い出していた。

ヒナはアダムスの生活の一部になっていた。いくら週四回、二時間ほど会うだけだとはいえ、いちから言葉を教えた唯一の生徒だ。自分が育てたといっても過言ではない。とアダムスは密かに思っていた。

定刻の二時になったが、やはりヒナはほんの少し遅れてきた。相変わらず寝起きとわかるもじゃもじゃ頭で。
入口でぺこっと頭を下げ、遅れてごめんなさいと言ったが、背中に何か隠し持っているようで、ぎこちない横歩きで席に着いた。

アダムスはあえて机の下は見ないようにした。たとえカゴのような何かが見えていたとしても。

ヒナはたくさんの土産話を聞かせてくれた。ずっと会いたかったお母さんの友達に会ったこと、友達ができたこと、それから……悲しい事に両親が亡くなってしまっていることを。アダムスはめそめそ泣いた。ヒナが言葉も分からない遠い地でひとりぼっちになった理由が、憎き追剥ぎのせいだったとは思いもしなかった。

「あ、そういえば」そう言ってヒナは身をかがめ、机の下に隠しておいた木の蔓で編んだカゴをアダムスの前に差し出した。「お土産」

「ありがとうございます、ヒナさん」アダムスは言い、手を伸ばしてカゴを受け取った。

アダムスは我が家の狭くも温かいキッチンを思い浮かべた。カゴにジャガイモがゴロゴロと入っている姿を想像する。

うん。これはいい。お母さんが喜ぶぞ。

「どう?先生」とヒナ。自分のお土産選びが成功したのかどうか気になるようだ。

「とてもすばらしいカゴですね」アダムスは称賛した。

「ほんと?よかった」ヒナは椅子の上で上下に身体を弾ませ、喜びをあらわにした。

「ええ、本当です」アダムスは穏やかに返し、「ですが、椅子の上で跳ねるのはお行儀が悪いですよ」とやんわりと注意する。

ヒナは舌をぺろっとだし「はぁい、アダムス先生」とおどけ顔で背筋を伸ばすのだった。

つづく


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迷子のヒナ 239 [迷子のヒナ]

「あいつは帰ったのか?」

特別手当申請書を机に叩きつけ、ジャスティンは苛々とジェームズを睨みつけた。

申請が許可されたと受け取ったジェームズは、書類をジャスティンの手から奪い取り「ミスター・アダムスでしたら一〇分ほど前に帰られましたよ」と事務的口調で応じた。

「その嫌味な言い方はやめろ、ジェームズ。だいたい勉強時間は二時間のはずだろう?ずうずうしく四時間も居座りやがって」

その四時間、ずっと書斎で聞き耳を立てていたのはどこのだれだ?そのくせ、すでにいもしない家庭教師に憤ったりして、いったいこの男はどうしてしまったのだろうか?

「遅れを取り戻すためでしょう?」と言ったが、図書室から聞こえてきていた声は勉強しているとは言い難いものだった。積もる話があったのか、次第に興奮したヒナは、ジャスティンやジェームズの理解できない言葉で、時折笑い声も交え陽気にお喋りをしていた。

それがジャスティンの気に障ったのは言うまでもない。だから仕事はスティーニー館の執務室で、と言ったのだ。わざわざ。

ミスター・アダムスは明日も明後日も明々後日もやって来るが、その度にジャスティンがこのような状態になるのなら、何か対策が必要だ。

ヒナにもっと気を使えと言っても無駄だろうし、ジャスティンにヒナを気にするなと言ったところで無駄以外の何ものでもないだろう。

とにかく休みたい。用の済んだジェームズは、仕事場へ戻るため――それが休息するための唯一の手段だ――ジャスティンに背を向けた。

「で、パーシヴァルは戻ったのか?」

これこそいま一番聞きたくなかった問いだ。パーシヴァルがどこで何をしているかなど知りたくなかった。もちろん今日は弁護士とラドフォード伯爵に会いに行っているが。

「いえ、まだのようです」ついでに言えば、戻るべき場所はここではない。

「ジェーーームズ。今後一言でもそんな口調で喋ったら、お前をこの屋敷から追い出すぞ」

「まったく、君ときたら……」呆れてものも言えない。

ヒナと出会うまでの僕たちは、完全なる主従関係にあった。そのうち仕事仲間として認められるようになったが、それでも主たる関係は変わらなかった。

それががらりと変化したのは、ヒナが現れてからだ。
ジャスティンはジェームズを対等な人間としてみるようになった。わずかな隔たりは、年齢差だけになった。

それでもジェームズは、いちおうだが公私を分けるようにしていた。共同経営者とはいえ、クラブはジャスティンのもので、ジェームズはあくまで雇われの立場だったからだ。

とにかくジャスティンは、なにもかも気に入らない気分らしい。

ヒナがせめて図書室をあとにする際、書斎を少しでものぞいてくれていれば、ジャスティンが狂った牡牛のようにならずに済んだというものだ。

つづく


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迷子のヒナ 240 [迷子のヒナ]

秘密どころか、ことはどんどん大きくなりつつあった。

それは関係者の誰もが思っていたし、どうにか内々におさめようと努力の一端は見え隠れするのだが、もうどうにもならない所まで来ていた。

弁護士に力があれば、もう少し話術に長けていれば、せめて怒りに顔を歪めているおじをささやかでも宥めることが出来ていたなら、状況は違っていただろう。

パーシヴァルは一巻の終わりだと思った。

自分が爵位を継ぐことも、ヒナが勝手気ままにジャスティンと過ごすことも、極めて困難な状態に陥ってしまった。爵位についてはさほど執着はなかった。貰えるものは貰おうという程度の、たいしてこだわりを持たないものだった。

だが、ヒナのこととなると別だ。ヒナにもしものことがあれば、ジャスティンが黙っていないだろうし、なによりジェームズの不興を買ってしまう。おそらくそんな生易しいものではないだろうが。いまはまだかろうじて口をきいてくれているが、それすら叶わぬものとなってしまうに違いない。

それだけは何としても避けたかった。

不用意にヒナを手中に収めているなどと言っておじを脅した事を心底後悔した。頭を垂れ、額を床にこすりつけてでも許しを請わなければ。

まさにそうしようとした時、それまでなぜ弁護士にくっついてきたのか理由のわからなかった公爵がわずかに手をあげ、すべてを停止させた。ひれ伏すことも、怒り狂う事も、無駄な説得も。

この時ほど権力というもののありがたみを感じたことはなかった。

公爵はことの経緯について不快感を露にし、今後ヒナに対して不当な扱いをしようものなら、ヒナの祖父といえども社会的に抹殺してやると宣告した。それだけではなく、おじの反発をかわす為に、スキャンダルを最小限に抑えられるように手を貸すとまで言った。

それでも当然、おじは反発すると思った。なぜならそういう人間だからだ。けれどもおじは満足げな笑みを浮かべ、すべて公爵の意に従うと言ったのだ。

よくよく話を聞けば――帰りの車中でのことだが――先代公爵とおじはかなり懇意な間柄だったようだ。おそらく前もってある程度の話はつけておいたのだろう。

そこでようやく気付いた。弁護士は飾りで、公爵こそがヒナを助ける為に遣わされた人物なのだと。

地獄から無事生還を果たしたパーシヴァルだったが、残念なことに――気の毒と言うべきか、自業自得と言うべきか――ブライスに捕まってしまった。

自宅へ送り届けられたのが運の尽きだ。

そしてさらに運の悪い事に、パーシヴァルが馬車に引きずり込まれ連れ去られる現場を見た者は、誰一人としていなかった。

つづく


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